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福岡地方裁判所 昭和23年(ワ)258号 判決

原告 陳内恒治 外二名

被告 中山小平 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

一、原告等訴訟代理人は「被告等は原告等に対して金一万二千四百五十円を支払え。被告等は原告等に対し別紙目録〈省略〉(上欄)記載の各物件を引渡せ。若し引渡の強制執行が不能のときは、被告等は原告等に対し同目録記載の物件該当の金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を申立て、その請求の原因たる事実として次の通り述べた。

訴外陳内実は昭和二十二年十月二十六日死亡したが、右陳内実の死亡当時、相続人は兄弟姉妹四人のみで原告等である兄陳内恒治、姉小田フミ、妹原シツエ、訴外の弟陳内六郎がこれにあたり、そして亡実の財産は別紙目録(上欄)記載の百七十七品目の各物品並びに約数万円の売掛代金債権であるところ、これら相続財産は全部原告等を含める前記四人で相続取得した。被告中山静子は亡実と内縁の夫婦関係にあつた者で、昭和十八年頃よりは福岡県筑紫郡二日市町に同居してゐたが、その後話合のうえ内縁解消することゝし、その旨の書面を数回作成したこともあり、内縁の夫婦関係はなかつたものである。ところが被告静子は昭和二十三年二月二十五日頃別紙目録(上欄)記載の一号乃至二十九号並びに百六十三号の物品を無権限に実父である被告中山小平宅に搬出した。次で被告静子は同年五月二日頃、更に残余の別紙目録(上欄)記載の物品全部を無権限に被告小平宅に搬出してしまつた。又、被告静子は原告等の相続財産のうち、亡実の飯塚市某に対する石鹸三個(一箱二百十個入り一個十五円)の売掛代金九千四百五十円並びに精米機代金三千円以上合計一万二千四百五十円を債権者でないのに不法に支払をうけ、以て原告等に同額の損害を与えている。そこで原告等は同年四月二日頃被告静子にこれが返還を求めたところ、同被告はこれを承諾し、同時に被告小平は原告等に対し、被告静子が実に遺産に関して現に負担し且将来負担するに至つた債務について保証人として全責任を負う旨を約した。そこで原告等は金一万二千四百五十円の支払を不法行為に基く損害賠償請求として、別紙目録記載の各物品の返還を所有権に基く請求として、右物品返還不能の場合はその価格相当の右目録記載の金員の支払を履行に代る損害賠償請求として、被告静子並びに同人の債務に対して共同に責任を負う旨特約した被告小平に対して、何れもこれが履行を求める。

次に被告主張の抗弁事実を否認し、又次の通り再抗弁の陳述をなした。

被告静子が亡実より生前包括贈与をうけたと主張する物件は口頭の贈与によるもので引渡を了していないから亡実の相続人たる原告等がこれを本訴に於て取消す。

二、被告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁並びに主張として次の通り述べた。

訴外陳内実が昭和二十二年十月二十六日死亡したこと、原告等三名がその主張するように右陳内実と兄弟姉妹の身分関係にあること、被告静子が原告等主張の物件の内一部(別紙目録下欄において同被告の占有を認めている物件)を占有していること、又右物件の内一部(同目録において同被告が実から贈与を受け或は処分したと主張している物件)が元実の所有であつたことは認めるけれども、その余を否認する。右物件の内元被告静子が占有していたがその後他に売却或は贈与等して現に占有していない物件もある(同目録においてその旨の記載ある物件)。被告静子において石鹸、精米機等を売却しその代金の支払を受けたことはあるけれども、それは後記贈与の一部に属するものであるから、被告等に何等関係あるものではない。ところで右実の所有であつた物件及びその余の物件も元実の所有であつたとしても、被告静子は、昭和二十二年九月実から、右物件等当時実の所有していた一切の資産の贈与を受けたものである。仮に、右が認められないとしても該物件の一部(昭和二十年二月頃贈与を受けたと記載ある物件)は、被告静子が昭和二十年二月頃実から贈与を受けたものである。

仮に本訴物件が相続財産に属するとしても、被告静子は内縁の妻として約十五年間、亡実と生活を共にし、夫婦相互協力のもとにその資産をつくりきたつたものであるから、被告静子は実の死亡により内縁関係は消滅したが、少くとも約三十万円の財産分与請求権を有し、本件物品は自己のうくべきかかる財産分与額の範囲に属するから、前記返還請求に応ずる義務はない。

三、証拠〈省略〉

理由

実が昭和二十二年十月二十六日死亡して原告等及び六郎においてその相続をしたことは当事者間に争がない。

そして別紙目録記載の物件中一部を(同目録下欄において被告静子の占有を被告等において認めている物件)被告静子が占有していることは当事者間に争がなく、証人小田裕稔、桑野直信の各証言、同証言により成立を是認できる甲第四号証の一、二、第五号証及び原告恒治本人尋問の結果によれば、右以外の物件((一)の内二個を除く)も、実死亡当時存在し且つこれを被告静子において占有していたことが認められるから、この点に関する被告等の主張事実の肯定できない限り依然として被告静子の占有にあるものといわなければならないが、右(一)の内二個についてはこれが被告静子の占有にあることを認定できる証拠はない。そして、被告静子の占有に関し、被告等は、同目録下欄記載のとおり(この点に関する主張の記載ある分)他に売却或は贈与等して現に占有していないと主張するけれども、該事実を認定できる証拠はない。

そうすると、同目録記載の物件は(一)の内二個を除いた以外は、これを被告静子が占有しているということができる。

ところで右認定の物件中一部(目録下欄において被告静子が実から贈与を受け或は処分したと主張している物件)が元実の所有であつたことは当事者間に争がなく、その余の物件は、後記認定の内縁の夫婦として同居していた実と被告静子において日常使用していたものであることが弁論の全趣旨により認められ、且つ何等の反証もないからその何れかの所有に属するというべきところ、その内(115) 、(125) の内一枚、(127) 、(139) 、(139) 乃至(142) 、(151) の物件は該物件自体に徴し実の所有に属するものと認められるのであるが、爾余の物件については実の所有に属したと認定することのできる確証はない。しかし一面(171) 、(172) 以外の物件が被告静子の所有に属すると認定できる確証もないから、かかる場合民法第七百六十二条第二項を類推適用して、該物件は実と被告静子の共有に属するものと解するが相当である。

そこで、被告等の昭和二十二年九月贈与を受けたとの抗弁につき考察する。成立に争のない乙第一号証、証人知覧豊城、牛島秀吉、中山リモ、陳内寿恵子、陳内六郎の各証言、被告静子本人の供述及び同供述により成立を是認できる乙第十号証を合せ考えれば、いわゆる親族関係(被告静子の養父である被告小平の先妻の姪キヱ子が原告恒治の妻であつて、被告静子とキエ子は共に被告小平の許で成育)にある実と被告静子は、昭和六年九月原告恒治の媒酌で事実上の婚姻をし、以後実死亡のときまで同棲生活し夫婦の間もよく相和合していたが、ただその間に子の存しなかつた故もあつて未だ婚姻の届出はされないまま放置されていたこと、実は何等の資本とてなくしてその間各種の事業を経営し、或時期においては極度の経営難から同被告の身廻品まで処分し全く無一物に帰する状態に立至つたこともあつたが、原告等から何等の援助をも受けず、全く同被告の献身的協力を得て努力した結果、その死亡当時においてはようやく生活の安定を得るに至つていたこと、かかる生活状態の経過であつたが故に本件物件取得のごときも全く夫婦協力の結果に基くものであること、ところが、実は昭和二十二年五月胃がんと診断され、以後これが治療に努めてはいたものの、同年九月頃に至りその病気の重大さを知つてか、十数年間共に過してきた同被告を想い、一子もない上に余り健康でもない同被告の将来を案じ、同被告に対し、自ら発議して直ちに婚姻の届出をするよう指示し、且つ行々は原告フミの一子を養子に迎えて幸福に渡世するよう勧説し、そのために現に存在する一切のもの、すなわちその所有する一切の資産は同被告の自由に任せると言明し、死亡までの間これを繰返し言明し続け、六郎の妻寿恵子の手を経て交付を受けた婚姻の届出用紙に自ら指示して同被告に記入せしめてこれを提出するまでに準備したが、同被告が実看病のため多忙の故もあつてこれが提出を遅延しているうち実は同年十月二十六日死亡するに至つたこと、同被告は実の意思に従い翌二十七日実の本籍地の若松市役所に右婚姻届を郵送したが、記載不備の故を以つて返戻され結局これが完了不可能に立至つたこと、以上の経過で同被告は実の意思に従い将来の生活を継続する考えであつたが、間もなく原告等から仕掛られて遺産のことに関してその間に紛議を醸すに至り、結局それに留ることが不可能となりその実家に復帰するの巳むなきに至つたことが認められる。この点に関する甲第一号証には実と被告静子が昭和二十一年一月十日内縁の夫婦関係を解消する旨の記載が存し、且つその被告静子名が同被告の署名であることは同被告本人の供述によつて認められるのであるが、前認定のそれ以後も依然として内縁の夫婦として円満に同棲生活していた事実及び被告静子本人の供述に徴するとき同被告作成名義部分が真正に成立したとは到底考えられず、これが成立の是認できない以上、その存在は何等右認定の妨とならない。

なお、この点に関する証人小田裕稔の証言、原告陳内六郎、小田フミ、原シヅエ各本人尋問の結果は当裁判所の信用し得ないところであり、他に該認定を左右できる証拠はない。

右認定の事実によるときは、実は昭和二十二年九月頃その所有する本件物件等一切を被告静子に口頭を以て贈与したものと認められる。

原告等は、右贈与は書面によらないものであるから、本訴においてこれが取消の意思表示をなすと抗争し、該贈与が書面によらないものであることは前認定のとおりであるが、しかし、前認定の事実によるときは、該契約成立の際占有改定の方法によりその履行は完了されているものと解すべきであるから、右取消の意思表示は何等の効力を生じ得ない。のみならず、本件の如き事案の下において相続人が被相続人の為した贈与の取消を為すが如きは書面に依らざる贈与の取消を認めた法意を著しく越脱するものであつて、正に権利の濫用と認むべきである。

しからば、本件物件の所有権は被告静子に属するものといわざるを得ないから、これが原告等に存在することを前提とする原告等の被告静子に対する請求は爾余の点につき判断を加えるまでもなく棄却を免れない。

次に、原告等の被告静子に対する不法行為に基く損害賠償の請求につき考察するに、この点に関する証人小田裕稔の証言を以てしても未だ該事実を認め得るに足らず、他に該事実を認定し得る証拠もないから、原告等の右請求は失当たるを免れない。

最後に、原告等の被告小平に対する請求であるが、原告等の全立証によるも未だこれを認め得るに足らず、たとえ該約定の存在が認定できたとしても、被告静子の原告等に対する主債務の存在しないこと前判断のとおりであるから、原告等の該請求も失当である。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は全部これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野謙次郎 中池利男 奥輝雄)

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